失敗から学ぶ医療機器開発:トラブルシューティングの実践事例集

「失敗は成功のもと」なんて言葉、よく聞きますよね。
でも医療機器の開発現場では、その「失敗」が命に関わることもあります。
そんな緊張感の中で、私たちはなぜ「失敗談」に価値を見出すのでしょうか?

実は、失敗こそが最高の教科書なんです。
特に医療という、人の命や健康を預かる現場では、成功事例だけでなく、つまずきから学ぶことで初めて見えてくる景色があります。
私自身、メドテック系スタートアップで働く中で、数々の「あ、しまった!」瞬間を経験してきました。

テクノロジーと人間の間には、常に小さな、でも時に深いギャップが存在します。
私の祖母が初めて遠隔医療を体験した時、画面の向こうの医師に「大丈夫です」と言われたのに、なぜか不安そうな表情を浮かべていました。
最新技術を使えば使うほど、私たちはこの「温度差」に気づかなくなってしまうことがあるんです。

この記事では、医療機器開発の現場で実際に起きた失敗事例とその解決プロセスを、リアルな声とともにお伝えします。
エンジニアの方はもちろん、医療福祉を学ぶ学生さんや、製品開発に関わる方々の明日の糧になれば嬉しいです。
さあ、開発現場の「失敗あるある」から、未来の医療機器のあり方を一緒に考えていきましょう。

医療機器開発における「失敗」のリアル

成功だけでは見えないプロセスの裏側

医療機器開発の世界では、成功事例がスポットライトを浴びがちです。
「画期的な新技術で患者のQOLが向上!」「手術時間が30%短縮された革新的デバイス!」
こういった華やかな見出しの裏には、実は数え切れないほどの失敗と試行錯誤が隠れています。

「最初から上手くいった医療機器なんて見たことがない。少なくとも私の20年のキャリアではね」

これは某大手医療機器メーカーのR&Dディレクターの言葉です。
真の革新は、多くの場合「これではダメだ」という気づきの積み重ねから生まれるのです。

成功事例からは「何が正解だったか」は学べても、「なぜそれが正解だったのか」「他のアプローチではなぜダメだったのか」という深い理解は得られません。
失敗プロセスこそが、私たちに本質的な学びをもたらしてくれるのです。

医療現場ならではの制約と緊張感

一般的な製品開発と医療機器開発の決定的な違いは「失敗のコスト」にあります。
スマートフォンアプリのバグは不便かもしれませんが、人工呼吸器や輸液ポンプの不具合は命に関わります。

実際の開発現場では、この緊張感が常にチームを包んでいます。
PMDAによる薬機法の規制、医療保険の適用要件、医療従事者のワークフローへの適合性…これらすべての条件をクリアしながら、かつ「使いやすい」「効果的な」製品を作らなければなりません。

「安全性を高めすぎると使いにくくなる」「直感的に使えるようにすると複雑な機能が実装できない」というジレンマに、開発者は日々直面しているのです。

よくある落とし穴:UX、安全性、法規制の狭間で

医療機器開発でよく陥る落とし穴は、次の3つの観点のバランスを取り損ねることです。

1. ユーザーエクスペリエンス(UX)の誤認

  • 開発者が想定するユーザーは、実際のユーザーと異なることが多い
  • 医師・看護師・患者・介護者など、多様なステークホルダーのニーズを同時に満たす難しさ
  • 「これは使いやすいはず」という開発者の思い込み

2. 安全性確保のオーバーエンジニアリング

  • 過剰な安全機能による操作の煩雑化
  • エラーメッセージの氾濫によるアラーム疲れ
  • 重要なアラートと些細な注意喚起の区別が曖昧に

3. 法規制対応と革新性のジレンマ

  • 既存の規制フレームワークに収まりにくい新しい技術
  • 承認プロセスの長期化によるイノベーションの停滞
  • 国際展開を見据えた場合の各国規制の違いへの対応

これらの落とし穴を避けるには、初期段階からの多職種連携と、ユーザーを巻き込んだ反復的な開発プロセスが欠かせません。
しかし実際には、時間やリソースの制約から、こうした理想的なプロセスを取れないことも多いのが現実です。

次のセクションでは、実際の開発現場で起きた具体的なトラブル事例と、それをどう乗り越えたかをご紹介します。

トラブルシューティング実例:設計・開発編

ケース1:センサー誤作動と”ありえない使い方”

私たちのチームが開発していた在宅用バイタルモニターで起きた出来事です。
高齢者の心拍、呼吸、体温を24時間モニターするウェアラブルデバイスだったのですが、あるユーザーテストで奇妙な現象が発生しました。

昼食後、突然デバイスが「呼吸停止」のアラートを発し続けたのです。
緊急事態かと思いきや、高齢者は至って元気に談笑していました。

調査の結果、意外な原因が判明しました。
このユーザーは食後、いつも和室でごろんと横になり、センサーが付いた胸元を畳に密着させる習慣があったのです。
私たちのエンジニアチームは「装着したまま横になる」というシナリオは想定していましたが、「うつ伏せになる」という使い方は想定外でした。

この「ありえない使い方」は、実は高齢者にとって極めて自然な行動だったのです。
結局、センサーの配置変更と、姿勢検知アルゴリズムの実装によってこの問題を解決しました。

ケース2:ユーザーインタビューで判明した”違和感”

遠隔医療システムのインターフェース設計で、私たちが出会った興味深いフィードバックです。

当初、私たちは「シンプルで直感的」をモットーに、最小限の機能だけを前面に出したクリーンなデザインを採用していました。
しかし、実際に医師に使ってもらうと、こんな声が返ってきたのです。

「なんだか物足りない。病院のシステムっぽくない」

これは意外でした。
私たちが「洗練されている」と思っていたデザインが、かえって医師に「信頼性が低そう」という印象を与えていたのです。

さらに詳しく聞くと、彼らが日常的に使用している医療システムは情報密度が高く、一見煩雑に見えるものでした。
医師たちはそのインターフェースに慣れており、それが「専門的」「信頼できる」という無意識の基準になっていたのです。

このフィードバックを受けて、私たちは次のような改善を行いました:

  1. 情報密度を適度に高め、重要なバイタルデータを常に表示するようにした
  2. 医療現場で使われている専門的な略語やアイコンを採用した
  3. カスタマイズ性を高め、各医師が必要な情報を配置できるようにした

結果として、「専門性」と「使いやすさ」のバランスが取れたインターフェースに進化させることができました。

ケース3:ファームウェア更新での予期せぬ副作用

在宅医療用のスマート輸液ポンプ開発中に遭遇した、ハードウェアとソフトウェアの思わぬ相互作用の例です。

セキュリティ向上のためのファームウェアアップデートをリリースした後、一部のデバイスで電池消費が異常に早くなるという報告が上がってきました。
緊急調査の結果、新しいセキュリティプロトコルが想定以上のCPU負荷を引き起こし、省電力モードへの移行を妨げていたことがわかりました。

開発環境では問題なく動作していたため、見逃していた重大な欠陥でした。

そこから導かれた再設計のヒント

この失敗から、私たちは以下の重要なプロセス改善を導き出しました:

1. 更新テストの多層化

  • 開発環境だけでなく、実際の使用環境を模した条件でのテスト
  • バッテリー寿命など長期的な性能指標の測定プロセスの確立
  • 異なるハードウェア世代にまたがる互換性テスト

2. 段階的なロールアウト戦略

  • 全ユーザーに一斉配信するのではなく、小規模グループから始める
  • モニタリング期間を設け、問題の早期発見と対応を可能に
  • ロールバックプランの常時準備

3. ハードウェアとソフトウェアの統合チーム編成

  • 従来の縦割り開発体制から、統合チームによる横断的な開発体制へ
  • 週次の「相互影響レビュー」ミーティングの導入
  • ハードウェアエンジニアとソフトウェアエンジニアの定期的なジョブスワップ

この失敗は、表面的な機能テストだけでなく、システム全体としての挙動を長期的に検証することの重要性を教えてくれました。
医療機器においては特に、「動いているから大丈夫」ではなく、「あらゆる条件下で安定して動き続けるか」という視点が不可欠なのです。

トラブルシューティング実例:ユーザビリティ・実装後の運用編

ケース4:高齢者にとっての”使いやすさ”とは?

遠隔健康モニタリングシステムを高齢者向けに導入した際の話です。

私たちは「直感的」な操作を目指して、タッチスクリーンベースのシンプルなインターフェースを開発しました。
アイコンは大きく、色分けも鮮やかに。
若い被験者によるユーザビリティテストでは「とても使いやすい」という評価を得ていました。

ところが実際に80代の高齢者の方々に使っていただくと、想定外の問題が発生したのです。

「画面がすぐに消えてしまう」
「タッチしたつもりが反応しない」
「何をしたらいいのか忘れてしまう」

調査の結果、以下のような「当たり前」の前提が、実は高齢者には当てはまらないことがわかりました。

  1. スリープ時間は1分で十分長い → 実際には、操作の間に考える時間が必要で3分以上が望ましい
  2. 標準的なタッチ感度で調整している → 高齢者は皮膚の乾燥などから接触認識が弱くなることがある
  3. アイコンだけで機能を示せば十分わかりやすい → 実際には明示的なテキストの方が理解しやすい

これらの発見から、インターフェースを次のように再設計しました:

  • スリープ時間の大幅延長(5分に設定)
  • タッチ感度の調整機能の追加
  • アイコンとテキストの併用
  • 「前に何をしていたか」を表示する履歴機能の追加
  • 定期的なガイダンスメッセージの表示

結果として、本当の意味での「高齢者にとっての使いやすさ」を実現することができました。
この経験は、「想定ユーザー」と「実際のユーザー」の間にある見えないギャップを教えてくれました。

ケース5:テスト環境と本番環境のズレが招いた混乱

病院内の医療機器管理システムの展開時に起きた問題です。

開発とテストはすべて最新のタブレットとWi-Fi 6環境で行われていました。
しかし、実際の導入先の病院では老朽化したWi-Fi設備と様々な世代のデバイスが混在していたのです。

結果として、以下のような問題が次々と発生しました:

  • 接続が頻繁に切断される
  • データの同期に異常に時間がかかる
  • 一部の古いデバイスでアプリが起動しない
  • 電波干渉によるデータ送信エラー

このケースから学んだ最も重要な教訓は「最悪の条件を想定したテスト」の必要性でした。
最新環境での動作確認だけでなく、以下のような「現実的な制約」を組み込んだテスト環境を構築することにしました:

1. 多様なデバイスによる検証

  • 最低3世代前までのOS・ハードウェアでのテスト体制
  • 低スペックデバイスを「基準」としたパフォーマンス設計

2. ネットワーク品質シミュレーション

  • 不安定な接続を模擬するネットワーク品質制御ツールの導入
  • オフライン時の動作保証と再接続プロセスの徹底テスト

3. 実環境事前調査プロセスの確立

  • 導入前の環境アセスメントチェックリストの作成
  • 顧客環境の制約を開発チームにフィードバックする仕組み

テスト環境と本番環境のギャップは、医療分野に限らず多くのシステム開発で発生する問題ですが、医療現場では特にその影響が深刻になります。
「理想的な環境」ではなく「現実の環境」に合わせた設計思想への転換が不可欠なのです。

ケース6:現場スタッフとの認識ギャップ

在宅医療用のリモートモニタリングシステムを導入した際の出来事です。

このシステムは、患者の自宅で測定したバイタルデータを自動的にクラウドに送信し、医療スタッフがリアルタイムで確認できるようにするものでした。
技術的には完璧に動作していましたが、運用開始から数週間後、予想外の問題が表面化しました。

看護師から「システムが役に立たない」という厳しい評価が返ってきたのです。

原因を調査すると、私たち開発チームと現場スタッフの間に大きな認識ギャップがあることがわかりました:

  • 開発チーム:「異常値があればすぐに確認できる素晴らしいシステム」
  • 看護師:「常に監視する必要があり、業務負担が増えただけ」

私たちは「情報をリアルタイムで提供すること」に価値を見出していましたが、実際の看護師は「限られた時間内で効率的に患者ケアを行うこと」に価値を置いていたのです。

技術者と現場が”同じ景色”を見るには?

この経験から、私たちは「技術の可能性」と「現場のニーズ」をつなぐためのプロセスを構築しました:

1. 「シャドーイング」の徹底

  • 開発者が実際に看護師に同行し、一日の業務フローを体験
  • 「困りごとノート」を作成し、現場での小さな不満も記録
  • 定期的な現場訪問を開発プロセスに組み込む

2. 「価値翻訳」ワークショップの実施

  • 技術者と医療スタッフが共に参加するワークショップ
  • 「この機能は〇〇という価値を提供する」という言語化の訓練
  • お互いの「当たり前」を問い直す対話の場の創出

3. 段階的導入と継続的フィードバック

  • 全機能をいきなり導入せず、コア機能から始める
  • 2週間ごとのフィードバックセッションの実施
  • 現場スタッフを「共同開発者」として位置づける

こうした取り組みにより、システムは「看護師の判断をサポートする」ツールへと進化していきました。
具体的には、単なるデータ表示ではなく、「この患者を優先的に確認すべき」という判断支援機能や、業務フローに合わせたアラート設定などを実装したのです。

技術者と現場が「同じ景色」を見るためには、技術の言葉と現場の言葉を互いに翻訳し合うプロセスが不可欠だと学びました。

失敗から得た開発チームの学びと変化

チーム内での共有文化の育て方

失敗から学ぶには、まず「失敗を語れる環境」が必要です。
私たちのチームでは、失敗を共有し学びに変えるための文化づくりに取り組んできました。

  • 「月イチ失敗祭り」の開催
  • 月に一度、チームメンバーが自身の失敗体験を発表
  • 「最高の失敗賞」を設け、学びの多い失敗を称える
  • 発表は「何が悪かったか」ではなく「何を学んだか」にフォーカス
  • 「失敗ドキュメント」の作成と共有
  • 過去の失敗とその対策をデータベース化
  • 新規プロジェクト開始時に必ず参照するプロセスの確立
  • ドキュメントは批判ではなく、未来への知恵として位置づけ
  • 心理的安全性の確保
  • 「誰がやったか」ではなく「何が起きたか」を問う姿勢
  • 上級エンジニアが自身の失敗を率先して共有
  • 失敗を報告した人を称える文化の醸成

失敗を隠す文化では、同じ失敗が繰り返され、チームの成長も妨げられます。
私たちの経験では、失敗を「恥」ではなく「資産」と捉えることで、チーム全体の問題解決能力が飛躍的に向上しました。

「使う人の視点」での改善プロセス

医療機器開発において最も難しいのは、「使う人の視点」を本当の意味で理解することです。
失敗経験から、私たちは次のような具体的なプロセス改善を行いました:

1. ペルソナの多様化と具体化

  • 従来の「医師」「患者」という大まかなペルソナから、より具体的なペルソナへ
  • 例:「夜勤専門の若手看護師」「スマホに慣れていない80代患者」など
  • 各ペルソナの日常、痛点、価値観を徹底的に掘り下げる

2. 「ジャーニーマップ」の詳細化

  • 製品の使用前、使用中、使用後の体験を時系列で可視化
  • 感情の起伏も含めた体験全体を把握
  • 「道具としての製品」ではなく「体験としての製品」という視点の獲得

3. プロトタイプの「フィデリティレベル」の戦略的選択

  • アイデア初期:紙プロトタイプで素早くコンセプト検証
  • 中期:インタラクションを確認できる中程度の忠実度プロトタイプ
  • 後期:実際の使用環境に近い高忠実度プロトタイプ

これらのプロセスを通じて、「技術的に可能なこと」と「使う人にとって価値があること」のギャップを埋めていくことが可能になりました。
特に重要なのは、開発の早い段階から実際のユーザーを巻き込み、継続的にフィードバックを得る仕組みです。

ユーザーテストの設計をどう変えたか?

失敗経験から学び、私たちのユーザーテスト手法は大きく進化しました。
以前は「機能が正しく動作するか」を確認するためのテストが中心でしたが、現在は「実際の使用状況で価値を生み出せるか」を検証するテストへと変化しています。

具体的な変更点は以下の通りです:

  1. 環境設定の現実化
  • クリーンな実験室環境ではなく、実際の医療現場に近い環境でのテスト
  • 騒音、照明の変化、割り込み作業などの「現実的な障害」を意図的に導入
  • 複数タスクの同時処理を前提としたテスト設計
  1. 長期的使用の検証
  • 1回限りのテストから、数週間〜数ヶ月の継続利用テストへ
  • 初期体験と長期使用での評価の違いを測定
  • 「飽きの要素」「長期的な価値」の定量・定性評価
  1. 異常系テストの重視
  • 正常に使用するケースだけでなく、誤った使い方も積極的にテスト
  • 「ありえない使い方」を想像し、あえて試してみる姿勢
  • ユーザーに「壊してみてください」と依頼するセッションの導入

こうしたテスト手法の変革により、市場投入後のトラブルは大幅に減少しました。
特に効果的だったのは、「エクストリームユーザー」(その製品を最も難しく感じる可能性のあるユーザー)を意図的にテストに含める方法です。
彼らのフィードバックは、多くの潜在的な問題を開発段階で発見することを可能にしました。

“人を見つめるテクノロジー”に向けて

「失敗を語ること」は信頼を築く第一歩

医療技術の世界では、「失敗」を語ることにためらいがあります。
安全性や信頼性が最優先される領域だからこそ、弱みを見せることに抵抗感があるのでしょう。

しかし皮肉なことに、「完璧を装うこと」こそが信頼を損なう最大の要因になり得るのです。

私が所属するスタートアップでは、ある時期から意識的に「私たちの失敗と学び」を医療機関や患者さんと共有するようになりました。
当初は「評価が下がるのでは」という懸念もありましたが、実際には逆の効果がありました。

「こんなことも失敗として認識し、改善しているのか」
「問題が起きた時、隠さず対応してくれそうだ」

このような信頼関係は、一朝一夕には築けません。
しかし、失敗を正直に認め、そこからの学びを共有することが、長期的な信頼関係構築の第一歩になることを実感しています。

医療機器は単なる「もの」ではなく、人の命と健康を支える「信頼のシステム」です。
その信頼は、技術的な完璧さだけでなく、人間としての誠実さから生まれるのではないでしょうか。

祖母の不安から始まった問いの続き

冒頭で触れた私の祖母の話に戻ります。
当時、最新の遠隔医療システムを前に不安そうな表情を浮かべていた祖母。
「便利なはずなのに、なぜ彼女は不安そうだったのか?」
この問いが、私のキャリアの原点になりました。

今、その答えが少しずつ見えてきています。

テクノロジーは機能的に優れているだけでは不十分なのです。
人間の感情、習慣、価値観とどう調和するかが、真の価値を決めます。

祖母にとって「医療」とは、先生と対面で話し、温かい手で診察してもらう体験でした。
画面越しの診察は、その大切な要素を失わせてしまったのです。

これは単に「高齢者はテクノロジーが苦手」という話ではありません。
人間にとって本質的な「ケアされている感覚」や「安心感」をどう設計するかという、普遍的な問いなのです。

未来の医療機器開発に必要な”やさしさ”とは

「やさしいテクノロジー」とは何でしょうか?
それは単に「使いやすい」という意味ではなく、「人間の弱さを理解している」技術のことだと考えています。

この「人を見つめる」という視点は、横浜に拠点を置く株式会社アスター電機のような先進的な医療機器開発メーカーの理念とも共鳴します。

「人の生命と健康を守る人にやさしい医療機器を創り続ける」という同社の企業理念は、テクノロジーの進化と人間本来の必要性のバランスを追求する姿勢の表れといえるでしょう。

私が考える未来の医療機器開発に必要な”やさしさ”には、次の3つの要素があります:

1. 脆弱性への配慮

  • 病気や障害によって生じる様々な制約を理解した設計
  • 「できない」ことを責めるのではなく、さりげなくサポートする姿勢
  • エラー発生時に人を責めるのではなく、システムが適応する設計思想

2. コンテキスト理解力

  • 医療という特殊な環境や文化的背景を理解したデザイン
  • 個々の患者や医療者の状況に適応する柔軟性
  • 「平均的なユーザー」ではなく「この人」のための細やかな配慮

3. 関係性の支援

  • 機械が人を置き換えるのではなく、人と人をつなぐ技術
  • 医療者と患者の信頼関係を深めるための黒子としての役割
  • テクノロジーの存在感を最小化し、人間の存在感を最大化する工夫

こうした「やさしさ」は、単なる理想論ではありません。
実際のトラブルシューティングから学んだ具体的な知見であり、持続可能な医療システムを構築するための必須条件なのです。

テクノロジーには冷たさがつきものだという固定観念を超えて、温かみのある医療機器の開発を目指していきたいと思います。
その先に、祖母も安心して使えるような、真に人に寄り添う医療の未来があるはずです。

まとめ

医療機器開発における失敗とトラブルシューティングの実例を通じて、私たちが学んできたことをお伝えしました。
単なる「失敗談」を超えて、そこから導き出された具体的な改善策や考え方の変化こそが、本記事の本質です。

医療機器開発における失敗には、大きく分けて3つの意義があると考えています:

1. 知見の蓄積

  • 成功事例だけでは見えてこない盲点の発見
  • 将来の製品開発に活かせる教訓の体系化
  • 同じ失敗を繰り返さないための組織的記憶の形成

2. チームの成長

  • 失敗を通じた相互理解と共感能力の向上
  • 専門分野を超えた協力体制の構築
  • 心理的安全性に基づく創造的な組織文化の醸成

3. 医療技術の進化

  • 人間中心設計の具体的な実践方法の発見
  • 技術と人間の新たな関係性の模索
  • より安全で効果的な医療システムの実現

「人に届く技術」を作るためには、まず「人の声に耳を傾ける姿勢」が不可欠です。
失敗から学び、改善を続けるプロセスこそが、真に価値のある医療機器を生み出す原動力になります。

明日からできるトラブルシューティングのヒントとして、以下の3点を心がけてみてください:

  1. 「当たり前」を疑う習慣を持つ(特に「このユーザーは当然〇〇できる」という前提)
  2. 失敗を隠さず、チーム内で共有し、学びに変える文化を育てる
  3. 実際のユーザーを開発の初期段階から巻き込み、継続的にフィードバックを得る

医療機器開発は、テクノロジーと人間の深い理解の両方を必要とする難しい領域です。
しかし、その難しさこそが、私たちエンジニアの創造性を刺激し、より良い医療の未来を切り拓く原動力になるのではないでしょうか。

「テクノロジーが人を救う」のではなく、「人を見つめるテクノロジーこそが意味を持つ」。
この信念のもと、これからも挑戦と失敗と改善の旅を続けていきたいと思います。