みなさん、こんにちは!メドテック系スタートアップでUXエンジニアをしている佐藤美羽です。
今日は少し変わった視点から、人体の仕組みについてお話ししていきます。
私たちエンジニアは普段、システムやプロダクトを設計する際に「機能」と「使いやすさ」を常に考えていますよね。
実は人体も絶妙な機能と使いやすさを兼ね備えた、38億年の進化が生み出した究極の「生体システム」なんです。
「なぜ肘は後ろに曲がるのか?」「なぜ心臓は胸の左側にあるのか?」そんな素朴な疑問から、医療機器設計のヒントが見えてくることがあります。
私自身、祖母が遠隔医療を利用した際に「便利なはずなのになぜ不安そうなのか?」という疑問を持ち、それが今の仕事につながっています。
技術と人間の間にある”温度差”——それを埋めるためには、まず人体の構造を理解することから始まると思うのです。
エンジニア目線で解剖学の基本を学び、より「人に寄り添うプロダクト」を一緒に考えていきましょう。
Table of Contents
人体を”システム”として見てみよう
機能美としての人体構造
私たちの体は、ただランダムに作られたものではありません。
すべてのパーツには明確な「設計意図」があり、その形と機能には深い関係があるのです。
例えば、心臓の形状をご存知ですか? よく「♡」マークで表されますが、実際は握りこぶしほどの大きさで、少し左に傾いた円錐形をしています。
この形は、心室と心房の4つの部屋、そして複数の弁を最小限のスペースに収めるための最適解なのです。
まるでコンピュータの基板のように、無駄なく配置されています。
さらに骨格系を見てみましょう。
脊椎(背骨)は人体のメインフレームとも言える存在ですが、単なる一本の棒ではなく、S字カーブを描いています。
このカーブには理由があります。
直立二足歩行する私たち人間の体重を支えながら、衝撃を吸収し、内臓を保護するという複数の要件を満たすための絶妙な設計なのです。
エンジニアなら「この設計、誰がレビューしたの?」と言いたくなるほど、美しい機能性を備えていますね。
センサーネットワークとしての神経系
次に、人体に張り巡らされた神経系について考えてみましょう。
これは、まさにIoTシステムの先駆けと言えるでしょう。
私たちの体には約900万個の感覚受容器(センサー)があり、熱、圧力、痛み、位置などの情報を常に収集しています。
このセンサーネットワークの特筆すべき点は、その分散処理能力です。
例えば、あなたが熱いフライパンに触れたとき、その情報が脳に到達する前に、脊髄レベルで反射的に手を引っ込める命令が出されます。
これは、重要なデータ処理を末端のエッジコンピューティングで行うことで、レスポンス時間を短縮するという、最新のIoTアーキテクチャの考え方そのものです。
また、神経系は冗長性も持っています。
ある経路が損傷しても、別のルートを通じて情報を伝達できる仕組みが備わっています。
これは、エンジニアが障害対策として設計するフェイルオーバーの概念と同じですね。
可動域と制約:関節設計の観点から
人体の関節は、モビリティと安定性のバランスが絶妙なメカニズムです。
例えば肩関節は、あらゆる方向に動く自由度を持つ球関節です。
一方で膝関節は、主に一方向への動きに特化したヒンジ関節になっています。
これは、どういった設計思想の違いなのでしょうか?
肩は腕を多方向に動かす必要があるため自由度を優先し、膝は体重を支えるため安定性を優先している——つまり「ユースケース」に合わせた最適化が行われているのです。
さらに興味深いのは、関節の「制約」の設計です。
肘は後ろにだけ曲がり、前には曲がりません。
これは明らかな設計上の制約ですが、この制約があることで、重いものを持ち上げる際の安定性と力の伝達効率が向上しています。
制約がパフォーマンスを高める——これはUIデザインでもよく言われることですよね。
人体は、機能と制約の絶妙なバランスで成り立っているのです。
解剖学×エンジニアリングの接点
医療機器と人体構造の”相性”
医療機器を設計する上で、人体構造の理解は不可欠です。
例えば、心電図を測定するウェアラブルデバイスを作るとします。
心臓の電気信号は胸の特定の位置で最も明確に検出できます。
そのため、電極の配置は解剖学的に最適な位置に設計する必要があります。
しかし、ただ計測精度だけを追求すると、装着の快適性や日常生活での使いやすさが犠牲になることがあります。
心電図データを取る理想的な位置と、ユーザーが長時間快適に装着できる位置は必ずしも一致しないのです。
私が以前関わった在宅用心拍モニターの開発では、計測精度と装着感のバランスを取るために、何度もプロトタイプを作り直しました。
最終的には、技術面の妥協点と使用感の妥協点を見つけることが、プロダクトの成功につながったのです。
このように、人体の構造を理解することは、医療機器設計において「できること」と「すべきこと」のバランスを見極める助けになります。
人間中心設計に必要な「構造の理解」
「人間中心設計(Human-Centered Design)」という言葉をよく聞きますが、これは単に「ユーザーの声を聞く」ということだけではありません。
人間の身体的・生理的な特性を深く理解することも含まれます。
例えば、手の構造を考えてみましょう。
親指と人差し指で作る「ピンチ動作」は、人間にとって最も精密なコントロールが可能な動きです。
この知識があれば、精密な操作が必要な医療デバイスのインターフェースは、この動作を活用するように設計すべきだと分かります。
また、高齢者向けの製品を設計する際には、加齢に伴う身体変化も考慮する必要があります。
関節の可動域の減少、筋力の低下、皮膚の弾力性の変化など、年齢とともに変わる体の特性を理解することで、より多くの人にとって使いやすい設計が可能になります。
「構造の理解」は、インクルーシブデザインの基盤となるのです。
ウェアラブルデバイスは”どこ”につけるべき?
ウェアラブルデバイスの設計で最も重要な決断の一つは、「装着位置」です。
この決断には、解剖学的知識が大きく影響します。
例えば、血中酸素濃度を測定するセンサーはどこに付けるべきでしょうか?
一般的には指先が選ばれますが、これは皮膚が薄く血管が豊富に存在するためです。
しかし、日常生活では指先を常にセンサーで覆うのは現実的ではありません。
そこで、耳たぶや手首内側など、同様に血管が豊富で、かつ生活動作の邪魔にならない部位を選ぶことが重要になります。
また、デバイスの重量分布も考慮する必要があります。
人体の重心や動きのパターンを理解していないと、装着したデバイスが日常動作の妨げになったり、長時間の使用で疲労や痛みを引き起こしたりする可能性があります。
私の経験では、技術的に優れたデバイスでも、装着位置の選定を誤ると、ユーザーに受け入れられないことが多いです。
解剖学の知識は、「可能な場所」から「最適な場所」を選ぶ際の重要な判断基準となります。
現場に学ぶ:ユーザー体験と解剖学
高齢者の体は「設計図通り」じゃない
私たちエンジニアが忘れがちなのは、「標準的な人体構造」と実際のユーザーの身体には差があるということです。
特に高齢者の場合、解剖学の教科書に載っている「理想的な構造」とは異なる場合が多いのです。
例えば、脊柱の湾曲は年齢とともに変化し、いわゆる「猫背」の状態になる方が増えます。
これにより、体の重心位置が変わり、バランス感覚や動作パターンも若い世代とは異なってきます。
私が参加した高齢者向け転倒防止センサーの開発では、この点が大きな課題でした。
最初のプロトタイプは、「標準的な歩行パターン」を基に設計しましたが、実際のテストでは多くの誤検知が発生しました。
原因を調査すると、高齢者特有の歩行パターンや姿勢の変化を考慮していなかったことが分かりました。
設計者が持つ「正常な体」のイメージと、実際のユーザーの体には大きなギャップがあることを痛感しました。
フィードバックから見える”身体のズレ”
ユーザーテストで得られるフィードバックは、私たちの解剖学的前提を覆すことがよくあります。
ある在宅医療モニタリングシステムの開発では、血圧計の装着方法について多くの高齢ユーザーから「説明書通りにできない」という声がありました。
調査の結果、高齢者の中には関節の硬さから、自分の腕に血圧計を巻く動作そのものが難しい方が多いことが分かりました。
また、皮膚の弾力性の変化も大きな要因でした。
若い世代を基準にした装着感の調整では、高齢者の薄く弾力性の低下した皮膚には合わないことが多いのです。
こうしたフィードバックは、「平均的な人体」を基準にした設計の限界を示しています。
解剖学的な個人差や加齢変化を考慮した、より柔軟な設計アプローチの必要性を教えてくれます。
インタビュー事例:装着感と安心感のギャップ
「このデバイスは体にフィットしていますか?」と質問すると、多くのユーザーは「はい」と答えます。
しかし、実際の使用状況を観察すると、正しく装着できていないケースが少なくありません。
これは単なる「使い方の誤解」ではなく、「身体感覚のギャップ」に起因することが多いのです。
あるインタビューで印象的だったのは、80代の女性の方のコメントです。
「このセンサーは私の体に合っていると思います。でも、本当に正しく動いているのかいつも不安なんです」
彼女は物理的な装着感には問題ないと感じていましたが、デバイスが「正しく機能している」という確信が持てず、常に不安を感じていました。
この「装着感」と「安心感」のギャップは、解剖学的フィット感だけでなく、心理的なフィードバックの設計も重要であることを示しています。
人体に合わせたハードウェア設計と同様に、人間の心理に合わせたフィードバック設計も、医療機器には欠かせない要素なのです。
解剖学をプロダクトに活かすには
UX視点で見る骨格と筋肉の”使いどころ”
解剖学の知識を持つと、身体の各部位が持つ「得意なこと」と「苦手なこと」が見えてきます。
これはUXデザインにおいて非常に重要な視点です。
例えば、手の構造を考えてみましょう。
親指と人差し指によるピンチ動作は精密な操作に向いていますが、力を入れ続けると疲れやすいという特徴があります。
一方、全ての指を使ったグリップ動作は長時間の把持に適しています。
この知識を活かせば、短時間の精密操作が必要な医療器具は「ピンチグリップ」で操作するデザイン、長時間保持する必要のあるデバイスは「パワーグリップ」で扱えるデザインにするといった選択ができます。
また、身体の各部位にはそれぞれ「認知的負荷の差」があることも重要です。
例えば、手首の動きは視覚的フィードバックなしでも比較的正確にコントロールできますが、背中の特定の位置に何かを貼り付ける動作は視覚的サポートなしでは難しいです。
こうした身体部位ごとの特性を理解することで、より直感的に使えるインターフェースの設計が可能になります。
プロトタイピングに活かせる身体モデル
プロダクト開発の初期段階で、解剖学的知識に基づいた「身体モデル」を構築することで、より効率的なプロトタイピングが可能になります。
例えば、高齢者向けの血糖値測定器を開発する場合、単に「使いやすいサイズ」を考えるだけでなく、「高齢者の手の関節可動域」「握力の平均値」「触覚感度の変化」などの要素をモデル化しておくことが有効です。
この身体モデルに基づいてプロトタイプを評価することで、実際のユーザーテストの前に多くの問題を発見し、修正することができます。
私のチームでは、プロトタイピングの初期段階で「ペルソナの身体特性シート」を作成するようにしています。
これには、年齢層ごとの関節可動域や筋力、視覚・聴覚の特性などを記載し、設計判断の基準としています。
また、3Dプリンティング技術を活用して、様々な身体条件(関節の硬さや筋力低下など)をシミュレートしたテスト用ハンドモデルを作成することもあります。
こうした身体モデルを活用することで、多様なユーザーに対応したインクルーシブな設計が可能になります。
デジタルツインとしての人体データ活用
最近注目されている「デジタルツイン」の概念は、医療機器設計にも大きな可能性をもたらします。
患者一人ひとりの解剖学的特徴や生理学的パラメータをデジタル化し、仮想空間でシミュレーションすることで、個別化された医療機器の設計が可能になるかもしれません。
例えば、3Dスキャンで取得した患者の腕の形状データをもとに、最適なサイズと形状の血圧計カフを設計することができます。
あるいは、患者の歩行パターンのデータを収集し、その特性に合わせたリハビリ装置のパラメータを自動調整することも可能でしょう。
こうしたデジタルツインアプローチは、まだ研究段階ですが、将来的には「一人ひとりの体に最適化された医療機器」の実現につながるかもしれません。
私自身、このアプローチに大きな可能性を感じており、特に遠隔医療の文脈で重要性が増していくと考えています。
物理的な接触なしで患者の状態を正確に把握するためには、デジタル化された身体データの活用が不可欠だからです。
よくある質問
Q: エンジニアが解剖学を学ぶのに適した入門書はありますか?
A: 医学生向けの本は詳細すぎる場合が多いので、「バイオメカニクス入門」や「人間工学のための人体構造入門」のような工学系の解剖学書がおすすめです。
また、「Making Things Right: The Simple Philosophy of a Working Life」(Ole Thorstensen著)のように、職人の視点から身体と道具の関係を述べた本も参考になります。
Q: 人体のどの部分が最もエンジニア的に「設計が優れている」と感じますか?
A: 個人的には手の構造だと思います。
27個の骨、数十の筋肉、無数の神経終末が組み合わさり、精密な操作から強い把持力まで幅広い機能を実現しています。
特に親指の対立運動は、工学的に再現するのが非常に難しい複雑な動きです。
Q: 医療機器開発で最も見落とされがちな解剖学的考慮点は何ですか?
A: 「個人差」と「経時変化」の二つが最も見落とされやすいと感じます。
解剖学の教科書に載っている構造は「平均的」なものであり、実際のユーザーは様々な体型や状態を持っています。
また、特に高齢者の場合、体は日々変化していきます。
この多様性と可変性を考慮した柔軟な設計アプローチが重要です。
まとめ
人体構造を理解することは、より人間中心的な医療機器設計への第一歩です。
解剖学的知識は、単に「どこに」「どのように」デバイスを配置するかだけでなく、「なぜそうするのか」という深い理解をもたらします。
私たちエンジニアの役割は、技術と人間の間の「すき間」を埋めること。
そのためには、コードや回路だけでなく、使う人の体と心の構造も理解する必要があります。
最終的な目標は、ただ「使える」医療テクノロジーではなく、「伝わる」医療テクノロジーの実現です。
使い手に不安や違和感を与えず、自然に受け入れられるような設計——それは人体という38億年の進化が生み出した素晴らしいシステムへの敬意から始まるのだと思います。
皆さんも、次にプロダクトを設計する際には、ぜひ「なぜ人体はこの形なのか?」という問いを出発点にしてみてください。
きっと、新しい視点が見えてくるはずです。