「祖母の手のひらに収まるほどの小さな健康モニターを見せたとき、彼女は不思議そうに首を傾げました。」
便利なはずの最新テクノロジーが、なぜ高齢者には不安の種になるのか。
これは単なる「使い方」の問題ではなく、その設計プロセスに人の感情や経験が十分に組み込まれていないからかもしれません。
医療とテクノロジーの間には、まだ埋めるべき大きな温度差があります。
しかし今、その溝を埋める可能性を秘めた技術として、3Dプリンティングが医療製品開発の現場に革命を起こしつつあるのです。
この記事では、「人を見つめるテクノロジー」という視点から、3Dプリンティングが医療製品開発にもたらす可能性と、その先にある「やさしい医療」の未来像をご紹介します。
テクノロジーは正しさだけでなく、どれだけ人に寄り添えるかが問われる時代。
3Dプリントされた医療製品が、患者さんの手に触れるまでの物語を一緒に追いかけてみましょう。
Table of Contents
医療現場とプロトタイピング:その温度差に迫る
医療製品開発において「プロトタイピング(試作)」とはどのような意味を持つのでしょうか。
これは単に「形にする」以上の重要な工程なのです。
医療開発における「試作」の意味
医療現場では、新しい製品が導入されるまでに厳格な検証プロセスが必要とされます。
患者の命や健康に直結するからこそ、慎重さが求められるのです。
しかし従来の試作方法では、アイデアから実際の製品化までに莫大な時間とコストがかかっていました。
例えば、新しい医療器具の開発では、専門の製造業者に依頼してから完成まで数ヶ月を要することも珍しくありません。
その間、医療現場のニーズは刻々と変化し、完成時には既に改善点が見つかるという悪循環も生じていたのです。
「良いアイデアがあっても、それを形にするまでの障壁が高すぎて、諦めてしまうケースを何度も見てきました。医療の革新には、思いついたらすぐに形にできる環境が不可欠です。」— ある医療機器メーカーの開発者
このような状況を変えるために、3Dプリンティング技術は「思いついたら、その日のうちに形にする」という新しい可能性を医療現場にもたらしつつあります。
テクノロジーと医療者・患者のギャップ
医療現場では、テクノロジーと実際の利用者(医療者と患者)の間に大きなギャップが存在します。
このギャップは主に以下の3つの要素から生まれています:
1. 言語の違い
- エンジニアは「効率性」や「機能性」を重視する傾向がある
- 医療者は「安全性」と「患者への配慮」を最優先する
- 患者は「わかりやすさ」と「安心感」を求める
2. 優先順位の違い
- 開発側:技術的先進性や市場競争力
- 現場側:使いやすさや実用性、既存ワークフローとの整合性
- 患者側:心理的な抵抗感の少なさや生活への影響
3. 時間軸の違い
- 開発側:次々と新しい技術を取り入れたい
- 現場側:安定性と信頼性を重視し、変化には慎重
- 患者側:急な変化に戸惑いやすい
これらのギャップを埋めるためには、早い段階から実際の形のあるプロトタイプを用いて、医療者や患者からフィードバックを得ることが重要です。
3Dプリンティング技術は、このコミュニケーションの架け橋として機能する可能性を秘めています。
UXエンジニアとして見た「不安の源」
メドテック系スタートアップでUXエンジニアとして働く中で、医療テクノロジーが引き起こす「不安」には、いくつかの共通パターンがあることに気づきました。
患者が新しい医療機器に対して抱く不安の主な源は、以下のような要素にあります:
- 手に取る前から感じる「異物感」
- 操作方法がわからない恐怖
- 自分の体に合わないのではという懸念
- 故障したときの対応がわからない不安
興味深いことに、これらの不安は実際の機能や性能とは別次元の問題です。
つまり、いくら優れた技術を搭載していても、それが「人の手に馴染む形」で提供されなければ、受け入れられにくいのです。
このような不安を解消するためには、開発の早い段階から患者や医療者が実際に触れて試せるプロトタイプが必要です。
3Dプリンティングは、そのプロセスを劇的に加速させる可能性を持っています。
3Dプリンティング技術の可能性
3Dプリンティング技術は、医療製品開発の世界に革命を起こしつつあります。
その応用範囲は日々拡大しており、既に様々な分野で実用化が進んでいます。
医療製品への応用例:義手・インプラント・手術器具
3Dプリンティング技術は医療分野で多様な用途に活用されています。
特に以下の3つの領域では、既に大きな成果を上げています:
義手やプロステティクス(義肢)
3Dプリンティングの登場により、個々の患者に合わせたカスタム義手の製作が可能になりました。
特に小児用の義手は、成長に合わせて何度も作り直す必要がありますが、3Dプリンティングによってそのコストと時間が大幅に削減されています。
米国の非営利団体「e-NABLE」は、ボランティアのネットワークを通じて、3Dプリントされた義手を世界中の子どもたちに提供しています。
従来の義手が数千ドルするのに対し、3Dプリントされた義手は材料費50ドル程度で作成可能というコスト削減も実現しています。
カスタムインプラント
患者一人ひとりの骨格や組織に合わせたインプラントの製作が可能になっています。
特に顎顔面領域や整形外科領域では、CTスキャンデータから直接3Dモデルを作成し、それをもとにインプラントを設計・製造するプロセスが確立されつつあります。
例えば、頭蓋骨の一部を失った患者に対して、チタン製の3Dプリントインプラントを提供する事例が増えています。
外科手術用ガイドと器具
複雑な手術をサポートするための手術ガイドや専用器具も3Dプリンティングで製作されるようになりました。
脊椎手術や人工関節置換術などでは、患者固有の解剖学的構造に基づいたガイドを使用することで、手術の精度が向上します。
従来は汎用的な器具を使用していたところを、特定の手術のためだけにカスタマイズされた器具を用意できるようになったのです。
「早く・安く・リアルに」:製品開発のスピード革命
3Dプリンティングがもたらす最大の変革は、医療製品開発のサイクルを劇的に短縮できる点にあります。
従来の製品開発プロセスと比較すると、そのメリットは明らかです:
開発ステップ | 従来の方法 | 3Dプリンティング活用 |
---|---|---|
初期コンセプト設計 | 2〜4週間 | 1〜3日 |
プロトタイプ製作 | 1〜3ヶ月 | 数時間〜数日 |
修正サイクル | 2〜4週間/回 | 1〜2日/回 |
臨床評価準備 | 3〜6ヶ月 | 2〜4週間 |
総合開発期間 | 1〜3年 | 3〜6ヶ月 |
この「早く・安く・リアルに」という3Dプリンティングの特性は、医療製品開発において特に重要な意味を持ちます。
医療ニーズは日々変化し、また一刻も早い解決が求められることが多いからです。
例えば、コロナ禍初期には人工呼吸器の部品不足が問題となりましたが、3Dプリンティングを活用した代替部品の迅速な製造が世界各地で行われました。
このような緊急時対応は、3Dプリンティング技術なしには実現不可能だったでしょう。
カスタムメイド医療の道を開く
3Dプリンティングは「大量生産から個別対応へ」という医療のパラダイムシフトを加速させています。
患者一人ひとりの体形、症状、ニーズに合わせた医療製品を、従来よりも低コストで提供できるようになりつつあるのです。
カスタムメイド医療の具体例として、以下のような取り組みが始まっています:
- 患者の解剖学的データを基にした、完全フィット型の矯正装具
- 個人の顔の形状に合わせてデザインされた、漏れの少ないCPAP(睡眠時無呼吸症候群治療)マスク
- がん患者の腫瘍の3Dモデルを作成し、術前計画の精度を向上させる取り組み
- 希少疾患患者向けの、少量生産では採算が取れなかった専用医療器具の製造
これらの事例からわかるように、3Dプリンティングは「平均的な患者」ではなく「この患者」に焦点を当てた医療を可能にします。
まさに「テーラーメイド医療」の実現に一歩近づいているのです。
医療×3Dプリントの現場から
理論上の可能性だけでなく、3Dプリンティングはすでに医療現場で実際に活用され始めています。
世界各地での導入事例と、その中で見えてきた課題や可能性をご紹介します。
海外と日本の導入事例
海外での先進事例
米国メイヨークリニックでは、複雑な手術前に患者の臓器の3Dプリントモデルを作成し、術前シミュレーションに活用しています。
特に心臓外科や脳神経外科などの高難度手術では、患者固有の解剖学的特徴をあらかじめ理解することで、手術時間の短縮や合併症リスクの低減につながっています。
ドイツのフラウンホーファー研究所では、生体適合性材料を用いた3Dバイオプリンティングの研究が進められており、将来的には患者自身の細胞から培養した組織を3Dプリントする技術の実用化を目指しています。
また、英国のシェフィールド大学では、3Dプリントされた医薬品の研究が進められています。
錠剤の形状や内部構造を変えることで、薬物放出速度を調整できる「オーダーメイド服薬」の可能性が拓かれつつあります。
日本での取り組み
日本でも3Dプリンティングの医療応用は徐々に広がりつつあります。
東京大学医学部附属病院では、難度の高い手術前に患者の臓器の3Dモデルを作成し、手術計画の立案に役立てています。
大阪大学の研究チームは、3Dプリンティング技術を用いた人工血管の開発に成功し、臨床応用に向けた研究を進めています。
この技術が実用化されれば、患者の血管サイズに合わせたオーダーメイドの人工血管が提供可能になります。
ただし日本では、医療機器としての認可プロセスや保険適用の問題など、制度面での課題も多く、欧米と比較すると臨床現場への導入はやや遅れている状況です。
ユーザーテストで見えた意外な声
実際に3Dプリントされた医療製品のプロトタイプを患者や医療者に試してもらうと、意外な反応が見られることがあります。
私が携わったウェアラブル健康モニターの開発プロジェクトでのユーザーテストでは、以下のような興味深い声が聞かれました:
高齢者からのフィードバック:
- 「見た目がプラスチックっぽくて玩具のように見えるので、本当に信頼していいのか不安になる」
- 「重さがあったほうが安心感がある。軽すぎると壊れそうで心配」
- 「色は白より、少し落ち着いた色の方が医療機器らしく感じる」
医療者からのフィードバック:
- 「消毒のしやすさを考慮してほしい。表面の凹凸が少ない方が良い」
- 「バッテリー残量が目視でわかる設計にしてほしい。画面を開かなくても状態がわかると便利」
- 「患者さんへの説明がしやすいよう、機器の機能ごとに色分けしてあると良い」
これらのフィードバックから見えてくるのは、機能性だけでなく「心理的安心感」や「使用環境との調和」が重要だということです。
3Dプリンティングを活用することで、これらの要望を素早く設計に反映させることが可能になりました。
祖母の遠隔医療体験が今に生きる
私自身の原体験として、大学時代に祖母が遠隔医療を利用した際の様子が、今の仕事に大きく影響しています。
当時、最新のテレヘルスシステムを導入したものの、祖母は毎回使用する度に不安そうな表情を浮かべていました。
「お医者さんに会えないのは寂しいね」と言う祖母の言葉に、テクノロジーの限界を感じたのです。
しかし問題は単なる「対面」vs「遠隔」という二項対立ではありませんでした。
祖母にとって不安だったのは、「機械を通してしか医師とつながれない」という感覚ではなく、「この機械をうまく操作できなければ、医師とのつながりが途切れてしまう」という恐れだったのです。
この気づきから、以下の3つの原則を私自身の開発指針としています:
- 操作に失敗しても安全に戻れる「フェイルセーフ」の設計
- 初めて見ても「これは何をするものか」が直感的にわかるデザイン
- 使う人の生活習慣や価値観に寄り添った形と質感
3Dプリンティングは、これらの原則を形にするための強力なツールとなっています。
祖母が安心して使えるような医療機器を目指して、今日も新しいプロトタイプが生まれているのです。
患者中心の開発デザインとは
医療製品開発において「患者中心」という言葉はよく使われますが、実際にそれを実現するには具体的にどのようなアプローチが必要なのでしょうか?
テクノロジーは「正しさ」より「寄り添い」を
医療テクノロジーの開発では、技術的な正確さや効率性が重視されがちです。
しかし、本当に必要なのは使う人の感情や生活に寄り添えるかどうかという視点です。
例えば、血糖値計測器の開発において以下の2つのアプローチを比較してみましょう:
技術中心のアプローチ:
- より高精度なセンサーの搭載
- 測定時間の短縮
- データ転送の自動化
患者中心のアプローチ:
- 公共の場で測定しても目立たないデザイン
- 視力の低下した高齢者でも読み取りやすい表示
- 手の震えがある人でも安定して操作できるグリップ
どちらも重要な要素ですが、後者の「患者中心」の視点が欠けると、優れた技術を搭載していても使われない製品になってしまうリスクがあります。
3Dプリンティングを活用することで、患者視点での細かな調整(握りやすさ、ボタンの配置など)を何度も試行錯誤することが可能になります。
「正しい」だけでなく「寄り添える」製品を目指すためのツールとして、3Dプリンティングは大きな可能性を秘めているのです。
スケッチから始まる共感のプロトタイプ
患者中心の製品開発は、まず「観察」と「共感」から始まります。
私自身のプロジェクトでも、以下のようなプロセスを大切にしています:
1. 現場観察とスケッチ
医療現場や患者の日常生活を観察し、気づいた点をスケッチします。
このプロセスで重要なのは「なぜそうするのか」という行動の背景を理解することです。
2. ペーパープロトタイプ
最初のアイデアを紙で形にします。
この段階では完成度よりも、「考えていることを形にする速度」を重視します。
3. 3Dモデリングと初期プリント
スケッチやペーパープロトタイプをもとに、3Dモデリングソフトでデザインし、初期の3Dプリントモデルを作成します。
4. ユーザーテスト
実際のユーザーに触ってもらい、フィードバックを得ます。
この段階で重要なのは「批判を恐れないこと」です。
5. 改良サイクルの反復
フィードバックをもとに設計を修正し、再度プリントして評価するサイクルを繰り返します。
このプロセスにおいて3Dプリンティングの最大の利点は、アイデアから形になるまでの時間が劇的に短縮されることです。
「思いついたことを、その日のうちに形にして、ユーザーに試してもらう」というサイクルを回すことで、共感に基づく製品開発が可能になります。
「使う人のストーリー」を形にするには
製品開発において大切なのは、単なる「機能のリスト」ではなく「使う人のストーリー」を理解することです。
例えば、同じ「インスリン注射器」でも、以下のようなユーザーによって求められる要素は大きく異なります:
- 視力が低下している高齢の糖尿病患者
- 学校生活の中でインスリン注射が必要な10代の患者
- 頻繁に出張する会社員の患者
これらの異なるニーズに応えるためには、それぞれの生活スタイルや価値観、不安や希望を理解する必要があります。
具体的な方法として、以下のようなアプローチが効果的です:
ペルソナとシナリオの作成
架空だが現実的なユーザー像(ペルソナ)と、その1日の流れ(シナリオ)を詳細に描きます。
ジャーニーマップの作成
製品との接点(タッチポイント)ごとに、ユーザーの行動、思考、感情を可視化します。
体験プロトタイピング
実際の使用環境や状況を再現し、開発チーム自身がユーザー体験をシミュレーションします。
これらのプロセスで見えてきた「ストーリー」を3Dプリントされたプロトタイプに反映させることで、ユーザーの日常生活に自然に溶け込む製品デザインが可能になります。
テクノロジーの存在感を消し、使う人の生活に寄り添った「見えない優しさ」を持つ医療製品こそが、これからの時代に求められているのです。
現場で使われる技術と今後の課題
3Dプリンティングが医療製品開発にもたらす可能性は大きいものの、実際の導入や運用にはまだ多くの課題が存在します。
現場の視点から見た実装上の課題と今後の展望を見ていきましょう。
既存ツールとの連携と障壁
3Dプリンティング技術を医療現場に導入する際、既存のワークフローやツールとの連携が大きな課題となります。
特に以下のような点が障壁となっています:
データ形式の互換性
医療用画像データ(CT、MRIなど)を3Dプリンティング用データに変換する際、フォーマットの標準化が不十分です。
DICOM形式の医療画像から3Dプリント用のSTLファイルへの変換プロセスは、まだ多くの手作業を必要とします。
院内システムとの統合
電子カルテや画像管理システム(PACS)と3Dプリンティングシステムとの連携が確立されていません。
そのため、データの共有や管理が煩雑になりがちです。
現場の技術スキル
3Dモデリングやプリンター操作などの専門スキルを持つ医療スタッフはまだ少数です。
専門のエンジニアと医療スタッフの連携が必要となりますが、コミュニケーションギャップも課題となっています。
こうした障壁を乗り越えるために、以下のような取り組みが始まっています:
- 医療画像から3Dプリントデータへの自動変換ソフトウェアの開発
- 院内に3Dプリンティングラボを設置し、専門技術者を配置する病院の増加
- 医学教育に3Dプリンティング技術を導入する大学の増加
これらの取り組みを通じて、既存システムとの連携がスムーズになれば、3Dプリンティング技術の医療応用はさらに加速するでしょう。
法規制と品質保証のリアル
医療機器開発において避けて通れないのが法規制と品質保証の問題です。
3Dプリンティングによる医療製品の場合、以下のような固有の課題があります:
規制上の位置づけの曖昧さ
従来の医療機器とは製造プロセスが異なるため、規制の適用範囲や解釈が不明確な部分があります。
特に、院内で3Dプリントされる医療機器の品質管理基準や責任所在が明確になっていない状況です。
材料の安全性評価
3Dプリンティングで使用される材料の生体適合性や長期安全性に関するデータが不足しています。
新しい材料が次々と開発される中、その評価基準の策定が追いついていないのが現状です。
品質の一貫性担保
同じデータから同じプリンターで出力しても、設定条件や環境によって微妙な差異が生じる可能性があります。
医療機器として求められる品質の一貫性をどう担保するかが課題となっています。
これらの課題に対して、各国の規制当局も対応を進めています:
- 米国FDAは3Dプリンティングによる医療機器の評価ガイダンスを発行
- 欧州MDR(医療機器規則)では、カスタムメイド機器に関する規定を整備
- 日本でも薬事規制の枠組みの中で、3Dプリンティング医療機器への対応を検討中
現状ではプロトタイピングや術前モデルなどの非埋込型用途が中心ですが、規制環境が整備されるにつれて、より広範な医療応用が可能になるでしょう。
教育と人材育成の必要性
3Dプリンティング技術を医療現場で効果的に活用するためには、技術と医療の両方を理解する人材の育成が不可欠です。
現在、この分野では以下のような人材育成の取り組みが始まっています:
医学教育への3D技術の導入
医学部や看護学部のカリキュラムに3Dプリンティング技術を取り入れる大学が増えています。
解剖学実習において3Dプリントモデルを補助教材として活用するなど、早い段階から技術に親しむ環境づくりが進められています。
医療×エンジニアリングの融合教育
医工連携を掲げる大学院プログラムでは、医療とエンジニアリングの両方のスキルを持つ人材育成を目指しています。
こうした「バイリンガル人材」の存在が、技術導入の障壁を低減する鍵となります。
継続的な技術研修の必要性
医療技術の進化スピードは速く、一度の教育で対応できるものではありません。
現役の医療者向けの継続的な技術研修プログラムの整備も重要な課題です。
特に地域医療を支える中小規模の医療機関には、最新技術へのアクセスや学習機会の提供が必要とされています。
これらの人材育成の課題に対して、産学連携による取り組みも始まっています。
3Dプリンター企業が医療機関向けのトレーニングプログラムを提供したり、医療機器メーカーが医学生向けのワークショップを開催するなど、セクターを超えた協力関係が構築されつつあります。
今後、医療とテクノロジーの境界はますます曖昧になっていくでしょう。
そのような環境で活躍できる「医療者としての感性と技術者としての知識を兼ね備えた人材」の育成が、3Dプリンティング技術の医療応用を成功させる鍵となるのです。
まとめ
3Dプリンティング技術は、医療製品開発の世界に革命をもたらす可能性を秘めています。
その可能性は単なる「製造プロセスの効率化」にとどまらず、医療そのもののあり方を変える力を持っています。
3Dプリンティングが拓く”やさしい”医療の可能性
これまで見てきたように、3Dプリンティング技術がもたらすメリットは多岐にわたります。
製品開発サイクルの短縮やコスト削減といった実務的なメリットだけでなく、患者一人ひとりに寄り添ったカスタムメイド医療の実現につながる可能性を秘めています。
3Dプリンティングが拓く未来の医療には、次のような特徴があるでしょう:
- 「平均的な患者」ではなく「この患者」のための医療機器
- 医療機器そのものが「不安」ではなく「安心」を提供するデザイン
- テクノロジーの存在感が消え、生活に自然に溶け込む医療ケア
- 医療者と患者の対話から生まれる、共創型の医療ソリューション
これらはまさに、冒頭で述べた「人を見つめるテクノロジー」が目指すべき方向性です。
不安を減らすUX設計とテクノロジーの融合
3Dプリンティング技術の医療応用において最も重要なのは、「不安を減らすUX設計」との融合です。
いくら高機能な医療機器でも、使う人に不安や戸惑いを与えては本来の価値を発揮できません。
UXエンジニアとしての私の視点から見ると、これからの医療テクノロジーに求められるのは以下の3つの要素です:
1. 直感的にわかる使い方
初めて見ても、特別な説明がなくても「これは何をするものか」「どう使えばいいのか」が直感的にわかるデザイン。
2. 失敗しても大丈夫な安心感
操作を間違えても、簡単に元に戻せる。
エラーメッセージではなく、次にどうすれば良いかがわかるガイダンス。
3. 人間らしい対話の継続
テクノロジーが人と人との対話を遮るのではなく、むしろ対話を促進し、関係性を深める役割を果たすこと。
3Dプリンティングは、これらの理想を具体的な形にするためのツールとなります。
アイデアを素早くプロトタイプ化し、実際のユーザーからフィードバックを得るサイクルを繰り返すことで、真に「不安を減らす」医療テクノロジーを創造することができます。
「自分の親にも届けたい」未来の医療製品開発
私がいつも心がけているのは、「自分の親にも安心して使ってもらえるか」という視点です。
テクノロジーに詳しくない高齢者であっても、不安なく使いこなせる製品こそが、真に価値あるイノベーションだと考えています。
3Dプリンティングを活用した医療製品開発の未来に向けて、以下のことを心に留めておきたいと思います:
- 技術的な可能性だけでなく、「使う人の気持ち」を最優先すること
- 失敗や間違いを恐れず、何度でも試作と改良を繰り返すこと
- 「なぜそれが必要なのか」という本質的な問いを常に問い続けること
冒頭で紹介した祖母の経験から始まった私の問いは、これからも続いていきます。
「便利なはずなのに、なぜ彼女は不安そうだったのか?」
この問いに向き合い続けることで、テクノロジーは真に人に寄り添うものへと進化していくはずです。
3Dプリンティングが切り拓く医療の未来は、まだ始まったばかり。
その先にある「やさしさ」を形にする旅に、あなたも一緒に出かけてみませんか?
よくある質問(Q&A)
Q1: 3Dプリンティングで作られた医療機器は安全なのですか?
安全性の確保は最重要課題です。
3Dプリントされた医療機器には、従来の医療機器と同じく厳格な安全基準や規制が適用されます。
材料の生体適合性試験や製造プロセスの品質管理などを通じて安全性を担保しています。
ただし、新しい技術であるため長期的な安全性データの蓄積が続いている段階でもあります。
特に体内に埋め込むインプラントなどは、認可プロセスがより厳格になっています。
Q2: 3Dプリントされた医療機器は保険適用されるのですか?
現状では、3Dプリントされた医療機器の保険適用は限定的です。
例えば、特定の整形外科インプラントなどは保険適用されるケースもありますが、多くはまだ自費診療の範囲となっています。
ただし、医療費削減効果や治療効果の向上が実証されるにつれて、保険適用の範囲は徐々に拡大していくと予想されます。
各国の医療保険制度によっても状況は異なりますので、詳細は医療機関や保険者への確認が必要です。
Q3: 自分の体に合った医療機器を3Dプリントするには、どうすればいいですか?
まずは、その医療機器を必要とする症状について医師に相談することが第一歩です。
3Dプリントによるカスタムメイド医療機器の利用には、医師の処方や指示が必要です。
一般的なプロセスとしては、CTやMRIなどの医療画像を撮影し、そのデータをもとに3Dモデルを作成、医師の監修のもとで設計・製造が行われます。
現在、専門的な3Dプリンティングサービスを提供する医療機関や企業も増えていますので、担当医に相談してみることをおすすめします。
Q4: 将来的に、家庭用3Dプリンターで医療機器を作ることは可能になりますか?
技術的には家庭用3Dプリンターの性能も向上していますが、医療機器に求められる高い精度や安全性を確保するのは現状では困難です。
将来的には、軽度の補助器具や非侵襲的な医療サポート製品などについては、医師の指導のもとで家庭でもカスタマイズできる可能性はあります。
ただし、品質保証や安全性の観点から、埋め込み型や生命維持に関わる医療機器については、専門施設での製造が継続されるでしょう。
また、医療機器として認可を受けるためには、製造環境や品質管理体制も含めた厳格な基準を満たす必要があります。